
物事を楽しむことは質も量も一人一人違う。何でも何をするのにも楽しめる人がいる一方で、何でも何をしても楽しめない人がいる。どこに旅行しようが何を食べようかが問題ではなく、心の問題。楽しむ力が違うのだ。楽しむ力はどうしたらつくのか?またその力を奪うのは何か?尊敬、感謝、謙虚が楽しむ力をつけ、妬み、憎しみ、恨みはその力を奪っていく。あとは自分に与えられた人生を楽しむかどうかだけ。楽しみ力を鍛える。


物事を楽しむことは質も量も一人一人違う。何でも何をするのにも楽しめる人がいる一方で、何でも何をしても楽しめない人がいる。どこに旅行しようが何を食べようかが問題ではなく、心の問題。楽しむ力が違うのだ。楽しむ力はどうしたらつくのか?またその力を奪うのは何か?尊敬、感謝、謙虚が楽しむ力をつけ、妬み、憎しみ、恨みはその力を奪っていく。あとは自分に与えられた人生を楽しむかどうかだけ。楽しみ力を鍛える。

「人のせいにするな」って幼い頃に教わった。あの頃は自分の周りに事件が起こると自分の正当性を主張して、それを誰かのせいにしたものだ。しかし自分が関わったことには、大小問わず自分に責任があると考えた方があとあと気持ちが楽なことに気がついたのは最近のことだ。「私は悪くない!あいつが全て悪いんだ」なんて言ってるとそのときは楽だが、じわじわエネルギーを奪われるだけ。そのためにも誰と会うか?どこへ行くか?何をするか?何を言うか?は自分で決めていこう。誰かさんのご機嫌を取るために自分を抑えるのはもうやめよう。「自分は不幸だ」って思ったら誰のせいにもしないことから幸せが見つかる気がする。

止まることが嫌いだった。マラソンでも勉強でも仕事でも走り続けることがいいと思っていた。止まったら遅れたり、再び動き出すために更にエネルギーを消耗すると。止まらない人生だった。でも止まることが大切だと思うようになったのは最近のことだ。振り返って自分を見つめ直せたり、これからのエネルギーを貯められたり。止まることで前に進めることが分かった。止まることが自分を強くすることが分かった。

自分の期待が現実より大きいから辛くなる。無いものを求めるから苦しくなる。他人と比べるから無いものに目が行く。現実を受け止めて一つ一つ対処する。そして「俺スゴくない?」って俺だけに聞く。「スゴいじゃん!」て心の中で答えてればいい。今日も自分が自分であることに気づける。

類は友を呼ぶから自分が生きる価値を見出せずに誰からも愛されない存在だと思っていても友はいるかも。上司の悪口を帰りに吐き出し合う会社の飲み友、夫や姑の愚痴を言い合うママ友、映えることともらういいねの数で評価し合う女友達ー。でもそれは自分を愛して大切に生きていけば去っていく友かも。自分が成長したときそんな友はいないかも。でもそのとき尊敬できる新しい友がやってくる。