院長ブログ

愛は求めない

2026年10月4日

 愛とは与えることだけで満たされるものである。「せっかく料理したから美味しいと言って欲しい」だとか、「私がここまでしてあげたのに」とか見返りを求めた時点で愛ではない。愛は、相手と自分との距離があろうがいい。相手の幸せや笑顔を思うだけで幸せだと感じられるものである。相手のペースを大切にできるのだ。ぎゅっとしても、そっとしても愛なのだ。子供や配偶者に対して、形のあるものもないものも、何かを与えただけで満たされない自分に気づいたら、自分の愛を疑った方がいい。また他人からの愛も求めてしまう。親に愛を与えられず育ったからこうなっただとか、配偶者には愛されてないのでは?とも思わなくていい。愛は求めれば求めるだけ、苦しんでしまう。それに気づけば楽になれる。もう一度確認する。愛は与えるだけで、何も求めないで喜べるものである。僕たち人間は、支配や依存を愛だと勘違いしてしまう生き物である。


死後の世界

2026年8月15日

 お盆である。ご先祖たちがいるからこそ、自分がこうやって生きていられる。改めて彼らを思い、感謝して、自分の生を全うしていこうと思う時期である。生きていれば多くの人をあの世に見送る。特に自分は医師として、何千人かをお看取りしてきた。死後の世界に行った人たちは年々増えている。ところで、死後の世界は実在するのであろうか?いくら文明が進化したところで、死後の世界、天国や地獄、神様や仏様、幽霊などが実在するのだろうかは科学的に証明はできないだろう。しかしこの世に生きている我々にとっては、それらが心の支えなのである。神様や仏様がいなければ、乗り越えられなかったことが誰にでもあるだろう。われわれ人類が太古の昔から生き続けていくには、天災をはじめとした抗えない現実を何とか受け入れねばならなかった。そのためには、生きる世界以外の存在が無くてはならなかったのだろう。そしてわれわれの罪悪感や悲しみ、恨みや悔いなどの辛い感情を救ってきてくれたのだ。目に見えない人たちの存在、つまり死後の世界の存在こそが、われわれの生きる世界を支えてくれているのだと信じている。


敵意を減らす

2026年6月19日

 敵意をむき出しにして、他人を悪く言ったり、近くの言い返せない人を攻撃する人は必ずいる。そんな人に対して、自分が敵意を持てば持つほど、自分は幸せから離れていく。恨み、憎しみこそがわれわれの生きるエネルギーを泥棒しているのだ。また逆に周りが敵意を持っていると思えば思うほど、自分は幸せから遠ざかる。敵意を持った他人は幸せでないと分かれば、攻撃的な言葉や自分に無関心な言葉だってどうでもよくなっていく。自分の中から敵意を減らすことで幸せが増えるのであるから。


自己憐憫

2026年5月12日

 自己憐憫という言葉を知っている。「どうせ自分なんて」と自分を憐れみ、他人と比べて自分の環境、能力、容姿を嘆く。親を恨んだりして、運命までも呪う。それを同情して慰めてもらうために他人にも言う。そうして自分自身を慰め、他人にもそれを請う。しかし、一時的に気分を和らげたところで何も生まないのである。そんな人からは、他人だっていつしか離れていくものだ。自己憐憫をしている自分に気づいたら、何か行動する、そして努力すればいいだけなのに。


人を惹きつける

2026年4月24日

 自分の息子たちが成長するにつれ、それよりもずっと幼い子供たちを可愛いと思うことが多くなってきた。遠くから眺めているとみんな可愛いのだが、実際に何人かの子供たちと接してみると、その中には特に可愛いと思える子がいることがある。その子は人を惹きつける何かを持っているに違いない。同じようなことが大人にも言える。その人は特別容姿がいいだとか、面白いとかではない。よくよく考えてみると、人を惹きつける一番の力は、その人が素直であることかもしれない。赤ん坊ほど素直な子はいないのだ。いわゆる表裏がないのだ。年齢関係なく、その人を助けて、力になって、役に立ちたいと思う。愛される人は素直なのである。人を惹きつけられる人はそんな生き方をしている。



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