
何か一つ失敗すると「何もできない、自分は無能だ」と思ってしまう人がいる。しかもそれを周りに言う。今までの失敗を処理できずにいつまでも積み重ねて、それを検索して探して併せて考えているから。逆に今の失敗を処理していけば次の失敗も処理できる。処理とは失敗から学び、自分の次にどうするかの行動を変えること。それを続けていくだけのこと。起きてしまったことは防げない。失敗することが無能ではなく、失敗から学ばないのが無能なのだ。


何か一つ失敗すると「何もできない、自分は無能だ」と思ってしまう人がいる。しかもそれを周りに言う。今までの失敗を処理できずにいつまでも積み重ねて、それを検索して探して併せて考えているから。逆に今の失敗を処理していけば次の失敗も処理できる。処理とは失敗から学び、自分の次にどうするかの行動を変えること。それを続けていくだけのこと。起きてしまったことは防げない。失敗することが無能ではなく、失敗から学ばないのが無能なのだ。

外来診療のほとんどは相談義務だ。相談の内容は疾患や症状ばかりではなく、家族の悩みや仕事の人間関係などがそれに含まれることも多い。相談を受けて検査や投薬、もしくは考え方のアドバイスを行い解決に向かえばいいが、相談するうちに解決をしたいのではなく、ただ愚痴や不満を聞いてもらいたいのではないかと思うことが多い。それは仕事以外でもそうだ。不満や愚痴を言ったらそのときはスッキリするかも知れないが、また同じことを繰り返す。また聞く方は解決策を考えてあげようとしても目的は誰かにぶち撒けるだけなので、むしろ解決して欲しくないとさえ思えることも多い。悩んでいること自体で気持ちがいいかもしれない。エネルギーと時間が無限なら聞いてあげたいのだけれど。

自分は運に恵まれているべきだとか自分は不運だとか言っている時点で人は幸せになれない。選択を誤ったなんて言う人がいるけど、そのときそのときを大切にしていれば選択なんて一つしかない。たとえ迷って誰かに背中を押されて決めたことでも、それは自分が通るべき道を自分で決めたことに変わりない。その誰かを選んだ自分と押してくれた誰かに感謝するまでだから。人は与えられた状況を運が良かったと思えることで幸せになれる。運はあとからどうにでもなるものだ。

僕たちは子供のころから「集中しなさい」と教わってきた。目の前のやっていることに集中すると言う意味で。しかし抱えてる問題や心配事には集中する必要はない。つまりどこか見えないところに対象を片付けておくことで、自分のエネルギーを使わずに済む。棚上げとか後回しを歓迎する。目の前にないものには集中しない力、つまり逆集中力をつけると楽になり、人生を楽しめる。そして目の前のことにさらに集中力が増すという仕組みだ。逆集中力はつけたい力の一つ。

よくキレる人は嫌われる。恐怖を周りの人に与えるからだ。しかしキレてしまい自分の感情をぶち撒ける人は自分ばかりスッキリして、あとで優しくなったりする。そしてその感情をぶち撒けられた人はそのキレた人には近寄らなくなる。またその一部始終を見ていた人は決まって「あの人はいいときはいいのに。」なんて言う。キレる時点でいい人ではないし、それで傷つく人は多い。キレないようにみんな頑張ってる。