
完璧を求める人は自分がやりたいけどやり切れないことで苦しむ。100点を目指そうとするから些細な減点でも苦しむ。仕事にも、家事にも、子育てにも、介護にも、パートナーにも、一日のスケジュールにも、人生計画にも…。でも思い切って考え方を加点方式にしてみたらいいのだ。そしたら生きてることだけで点がとれる。自分が持っているものだけで何点にもなる。予期せぬアクシデントが減点から加点に変わるかも知れない。気づけば誰でも100点になる考え方。


完璧を求める人は自分がやりたいけどやり切れないことで苦しむ。100点を目指そうとするから些細な減点でも苦しむ。仕事にも、家事にも、子育てにも、介護にも、パートナーにも、一日のスケジュールにも、人生計画にも…。でも思い切って考え方を加点方式にしてみたらいいのだ。そしたら生きてることだけで点がとれる。自分が持っているものだけで何点にもなる。予期せぬアクシデントが減点から加点に変わるかも知れない。気づけば誰でも100点になる考え方。

人は思い通りに行かないとき怒りを感じる。怒りを感じることを否定するつもりはないが、それを発散することには慎重になるべきだ。怒りに任せて周りの弱い人を攻撃することは一番いけない。攻撃しやすい子供や部下、配偶者にぶつけて発散しがちだ。言ってはいけないことを自分の怒りに任せて言うと自分が不幸になるだけ。誰も傷つかないように発散すること。そして怒りが残るようなら、その原因が何をすれば解決するか冷静にリラックスして行動すること。ヘッドを使おう。

「他人に思いやりを持つ」って素晴らしいこと。子供のころから教わってきた。思いやりをもらって僕たちは大人になった。ところで思いやりって何?相手のことを考えて自分が行動すること。そこに見返りや感謝を求めないこと。でも思いやりを勘違いしている人がいた。自分がいいと思うことは必ずしも相手がいいと思うとは限らないことを忘れてしまった人。「普通は私が〜してあげたから感謝するよね!」とか「あなたのためを考えてしてあげたのに!」と言う人がすることは思いやりではない。押し付けや攻撃の一種とさえ思う。まさに重い槍だ。おもいやりを振り回してはいけないのだ。

僕にはライバルたちが沢山いた。勉強でも、柔道でも、仕事でも。同じチームの中にでもそいつに負けないよう、それをモチベに変えてきた。でもそれが虚しくなることもあった。どうしてか?みんなそれぞれ違うのに自分と同じ土俵に上げていたからかもしれない。これからはライバルに心を向けすぎないように、自分の心は自分に向けていこうと思う。

プレッシャーやストレスがない人生なんてつまらない。支える人がいる、生きるための糧を稼ぐ、身体を鍛える、整理整頓をする、家事をする…。誰かさんに怒られたりする。全部プレッシャーになりうるし、ストレスにも変われる。そしてそれらが大き過ぎると潰されたり、トラウマにもなる。だから折り合いをつけていくのだ。幸福はそれらをコントロールすることから生まれるに違いない。