
どこにも愛されキャラがいる。容姿や仕草、もっと言うと生き方を愛らしく思う。風貌が整っているとか、仕事ができる訳ではないのに、老若男女問わず可愛がられたり、大切にされる。できればそんなキャラになりたいところ。そしてそうなるためのコツは一つだけだと考えた。誰かに愛されるためではなく、かけがえのない自分を愛していると笑顔になり、優しさや親切を配れ、ユーモアだってあげられる。よって周りが自然に愛してくれるようになる。愛されキャラは必ず自分を愛しているに違いない。


どこにも愛されキャラがいる。容姿や仕草、もっと言うと生き方を愛らしく思う。風貌が整っているとか、仕事ができる訳ではないのに、老若男女問わず可愛がられたり、大切にされる。できればそんなキャラになりたいところ。そしてそうなるためのコツは一つだけだと考えた。誰かに愛されるためではなく、かけがえのない自分を愛していると笑顔になり、優しさや親切を配れ、ユーモアだってあげられる。よって周りが自然に愛してくれるようになる。愛されキャラは必ず自分を愛しているに違いない。

「大変なことになるよ!」って言われると辛くなる。子供のころ、研修医のころ、院長になってからも周りからそう言われた。実際には大変にならないように準備したからそうならずに済んだ。しかしいつも心の中には時々聞こえてくる。だいたいのことは大変にはならないし、起きた事象に対して大変だって思うかどうかの問題だと分かった。起きていないことを恐怖に感じなくていいから、これを言う人には少ししか耳を貸さないことに決めた。

仕事場で嫌みを連発する上司、家に帰るといつも不機嫌な妻、理由もなく無視するクラスメイト、税金の支払いが重なる家計、全て怖がっていたら落ち着かない。恐怖から不安が生まれて、不安がエネルギーを奪い、僕たちの幸せを脅やかしている。「恐るるに足らない!」って自分に何度も言い聞かせて今日もかけがえのない一日を大切に過ごす。

新しく入った職員に声を掛けて、「こんなにいい職場に出会えて有難い」だとか「みんないい人、やり甲斐が違う」とか、「院長先生が素晴らしい」とまで言ってすぐに辞めた職員がいた。むしろそこまで僕に言っている時点で「大丈夫か?」と心配になったが何もできなかった。
調子が良いことを言い過ぎている人は、実は内面に憎しみを持っていることが多い気がする。だから言葉より前向きな態度、表情が大切。仕事だけではなく、調子良いこと言っているより調子良くやっていることが大切。

カテコラミンやコルチゾールなどのストレスホルモンが出やすい人は必要以上にストレスを感じる。同じ体験をしてもホルモンの出方が違うからストレスの感じ方も違う。ストレスホルモンは人を疲れさせる。疲れない方が良いのだが何故ホルモンが出やすくなるのか?出にくい体質にならないのか?過去の不安や恐怖体験がホルモンを出やすくさせているのだ。それが分かれば出にくくなるかも。