
仕事が上手くいかなかったとき、誰かに辛く当たってしまったとき、はしゃいでエネルギーを使い過ぎたとき、あの人に悔しい言葉をぶつけられたとき、変な夢で朝方目覚めたとき、大切な人に裏切られたとき、僕たちの元気はなくなってしまう。でもそんな日だってある。毎日生きていれば当たり前。そういうときの自分が悪い訳ではなく、ゆっくり自分を大切にする時間。誰かのせいにしたり、不運を嘆いたりするのはもったいない。ましてや大切な人を攻撃してはいけない。元気なときも元気のないときも自分を大切に愛していこう。


仕事が上手くいかなかったとき、誰かに辛く当たってしまったとき、はしゃいでエネルギーを使い過ぎたとき、あの人に悔しい言葉をぶつけられたとき、変な夢で朝方目覚めたとき、大切な人に裏切られたとき、僕たちの元気はなくなってしまう。でもそんな日だってある。毎日生きていれば当たり前。そういうときの自分が悪い訳ではなく、ゆっくり自分を大切にする時間。誰かのせいにしたり、不運を嘆いたりするのはもったいない。ましてや大切な人を攻撃してはいけない。元気なときも元気のないときも自分を大切に愛していこう。

自分の価値を他人からの評価に頼れば幸せから遠ざかる。「元気そうね!」とか「立派ね!」とか「綺麗ね!」、はたまた「幸せそうね!」って言われるために頑張っている訳じゃない。仕事でも誰かからいい評価を受けるために頑張り続けたら必ず行き詰まる。自分自身を他人の評価から遠ざけてみる。

誰を責めている訳でもないのに自分が責められていると感じたり、不機嫌な人を見ると自分のせいで不機嫌だと感じたり、一つ上手くいかなかっただけなのに人生が全て台無しになった気がしたりするのは心の習慣である。習慣自体を変えるのは大変かも知れないけど必ず変えられる。強い気持ちを持って自分を苦しめる習慣を無くしていこう。いつかには、誰のせいでもなくて、不機嫌はその人の責任で、失敗は成功の母だって思えるようになるはず。繰り返し諦めないでやっていこう。

「もっと愛して欲しい」とか「私のことなんて…」と思う人は他人の愛がないと、もっと言えば愛をアピールされないと不安になる。そしてもっともっとと欲しがる。だから一緒にいる人を束縛して支配する。愛があれば幸せだと言いながら。しかし愛に気づかないからなかなか幸せには辿り着けない。ちょっと逆にするといいのかも。まずは自分の幸せを探す。そして自分の愛に気づいてみる。人は幸せだと愛に気づけるようになるのだ。

「誰のためにやってると思ってるの!」とか「こんなことを言ってくれる人いないよ!」なんて言っている人がいる。親であれ、配偶者であれ、上司であれその人は相手を支配したいから言っていると思う。満たされない自分の心の不安を隠して、相手をコントロールするために、相手に反省を要求する。こちらが反省を示してもなお攻め続けることだってある。あなたのためにと言いながら、相手を縛る。そう自分が満たされるためだけに。