
子供の頃夏休みって楽しかった。毎日が充実していた。周りの大人たちが楽しい企画を持ち寄り楽しませてくれた。花火やスイカ割りや肝試し、プールや海、野球観戦やお祭り…全て大好きだった。近所のおじさんだって、従兄弟のおじいちゃんだって、普段会えない大人たちが近くにいた。いつしか気がついたら大人になった。あの頃の楽しさがあるから今の自分がいる。あの頃の切なさがあったから時間を大切にできる。何年生の夏休みかは遠い記憶だけど。


子供の頃夏休みって楽しかった。毎日が充実していた。周りの大人たちが楽しい企画を持ち寄り楽しませてくれた。花火やスイカ割りや肝試し、プールや海、野球観戦やお祭り…全て大好きだった。近所のおじさんだって、従兄弟のおじいちゃんだって、普段会えない大人たちが近くにいた。いつしか気がついたら大人になった。あの頃の楽しさがあるから今の自分がいる。あの頃の切なさがあったから時間を大切にできる。何年生の夏休みかは遠い記憶だけど。

もし自分の周りの世界が敵意や怒りで満たされていたら、自分も敵意や怒りで満たされてしまう。逆に自分が愛や感謝で満たされていたら、周りの世界も愛や感謝で満たされる。どちらの世界で生きていくかは自分で決められる。ココロひとつで世界は変えられるかも。

親子だって配偶者だって兄弟だってそれぞれに相性はある。ましてや職場だって、お客さんだって一対一のそれぞれが人間だと思わなければ苦しくなる。親から見た子、夫から見た妻としての相手ではなく、愛情を持つ一人の個人として接しないとどうしても苦しくなる。自分がその関係性から描く理想を相手に求めてしまうからだ。僕たち一人一人はその前に一人の人間だ。一人一人全員違う。あくまでも一対一、個人対個人としての愛情での結びつきが大切だと考える。

あれもこれも欲しいけど大体は手に入らない。
あれもこれもやりたいけど大体は時間とエネルギーが足らない。
あれもこれも他人に望むけどそんな人はいない。
あれもこれも直したいけどそんな薬はない。
欲張る人はなかなか満足しないし、幸せを感じ難い。
今ある自分で十分、目に見えない成長で満足。

人は評価で自信がつくものではない。人は感情で自信がつく。怒られることで自信を失い、喜ばれることで自信がつく。みんな勘違いしやすい。一番になったことを褒めてあげたら自信になるのではない。一番になろうと頑張ったことを認められて、やりたいことを受け入れられて自信になるのだ。それが分かれば自分の行動が変わる。