
孤独を感じることはある。「みんなは幸せそうなのに私だけ…」とか「あの人たちはいつも楽しそうなのに…」とか「何で僕だけこんなことをしなくちゃいけないんだ!」って。みんなと比べてるからそうなる。みんなと同じに考えるからそうなる。自分は唯一の自分。この世に、歴史上にもたった一人の自分。同じ訳がないのだ。同じでないことを独りぼっちとか孤独だって思わないでいい。自分が世界の主人公だって思えばいい。主人公は一人でいい。


孤独を感じることはある。「みんなは幸せそうなのに私だけ…」とか「あの人たちはいつも楽しそうなのに…」とか「何で僕だけこんなことをしなくちゃいけないんだ!」って。みんなと比べてるからそうなる。みんなと同じに考えるからそうなる。自分は唯一の自分。この世に、歴史上にもたった一人の自分。同じ訳がないのだ。同じでないことを独りぼっちとか孤独だって思わないでいい。自分が世界の主人公だって思えばいい。主人公は一人でいい。

「ありがとう」って物をもらって言う言葉ではないし、何かしてもらって言う言葉でもない。自分が気分が良くなって言う言葉。その言葉を聞くと聞いた人の心も温まり、また次の「ありがとう」が沸く。「ありがとう」が溢れている場所には人が集まり、みんなの心身の疲れも取れてしまう。温泉のような言葉だ。「ありがとう温泉」を作りたい。

あの人とあの人ではあの人の方が恵まれている、とか、あの人とあの人ではあの人の方が悪い、とか僕たちは他人同士を比較しがちになる。他人同士を比べても意味がなく、あくまでも主観で好きかどうかに過ぎない。問題はあの人自身がどう思って生きているか?である。こういう風に他人対他人を比べていると自分も他人と比べがちになり、他人と比べて自分が優越を感じないと幸せを感じられなくなる。また他人の不幸を探すようになる。幸せを誰とも比べないことで僕たちは幸せになれる。

我が子は可愛い。愛犬も。だけど自分の子だったり、自分の犬だったりするから可愛いのである。それを周りの人も自分と同じようには可愛いことはまずない。それが分かればいいのだが、我が子を他人にも同様に可愛いがることを求める人がいる。また自分が気にしていることを周りは気にならないことも多いし、逆に自分が気にしてないことを周りが気にしていることも多い。だから周りが思うことについて気にし過ぎていると苦しくなるだけ。ときには、周りはあなたのことを何とも気にしないでいると思った方が楽に生きられる。ここははっきり言おう。僕たちは周りのために生きているのではない、自分のために生きているのだって。

自分を振った異性を見返すためにダイエットをしたり、大好きな仕事を大嫌いな同僚のために辞めたり、親にやられて嫌だったことを子供にしないようにしたりして、僕たちは生きている。ことに誰かを憎んで見返すためにそれを自分のエネルギーに変えてしまうのはよくやる手である。しかし憎しみから生み出すエネルギーは限られると考える。続かなかったり、目標が得られても虚しかったり、上手くいかなかったときには更に憎しみが残ったりする。同じ行動するのにモチベ、つまりここで言うエネルギー源を、憎しみではなく、思い切って変えてみる。大切な自分を実現する自分への愛にエネルギー源を求める。その方が人は絶対幸せになれる。