
「私人間不信に陥ったわ」と軽く冗談めいて言う人がいる。しかし人間不信の状態は本当に辛い。他人を信じられないし、一番信じなくては生きていけない自分を信じられない人も多い。自分を信じられようになるには自分を知ること。自分が好きなもの、嫌いなもの。自分を傷つける人、勇気付けてくれる人をはっきりと認識すること。自分が抑圧された記憶を呼び起こして、抑圧されても頑張って生きてきた自分を褒めること。そしたら人間不信なんて言葉は冗談でしか言えなくなる。


「私人間不信に陥ったわ」と軽く冗談めいて言う人がいる。しかし人間不信の状態は本当に辛い。他人を信じられないし、一番信じなくては生きていけない自分を信じられない人も多い。自分を信じられようになるには自分を知ること。自分が好きなもの、嫌いなもの。自分を傷つける人、勇気付けてくれる人をはっきりと認識すること。自分が抑圧された記憶を呼び起こして、抑圧されても頑張って生きてきた自分を褒めること。そしたら人間不信なんて言葉は冗談でしか言えなくなる。

「ご自愛下さい」手紙の末筆に書かれるこの言葉は「お体を大切にされて下さい」という意味。手紙の相手を思いやり、感謝を伝える。
「自らを愛すること」は人生の一番大切なこと、人生の目的だと考えている。言い換えると「自分になること」。これを後回しにすると、あらゆる苦しみが巡ってくる。他人を愛することはできないし、自分のことも分からなくなる。しかし自分自身になることを許さないと思われる人が自分の周りにいることもある。そうしたら近い人でも離れることもやむを得ない。自愛を続けていこう。

コロナウイルスという天災めいたものに苦しめられている私たちの一方で、多くの偉人たちは天才には努力が大切だと言ってきた。歴史上成功した人物たちは天賦の才があったと思われるが、その陰には多くの努力があり、それを成功してから伝えてくれることは、私たちに努力する勇気を与えてくれる。モーツァルトは「愛こそが天才」と言い、ゲーテは天才とは「苦痛に対する無限の許容能力」と定義した。

仕事にトラブルはつきものだ。大なり小なりの思ってもみなかったトラブルが起こる。僕も以前はそのもの自体に捉われて、あまりにそれが続くと自分を苦しめるために起きているかと思うことがあった。でもそんなことはない。トラブルは乗り越えるために起こる。トラブルメーカーには親切に対応し、自分を助けてもらうくらいの気持ちで接しよう。いつもユーモアを忘れないで笑っている。その後しばらくすると大体が大したことない問題だと気付く。そして神さまは守ってくれる。

過去のことを思い出して人は落ち込む。「あのときああすれば…」、「あんなことさえなければ…」と。でも過ぎたことはしょうがない。全て「いい経験」、「いい勉強」と捉える。それでも人は過去に囚われる。過ちと書いて「あやまち」と読む。過去に起こったことって間違ったことって人は思いやすいっていうことを漢字も表している。ではどうする?過ちは起こるもの。そしてそこから学ぶもの。過ち無くして成功なしって理解してみる。