長男の誕生日に
2025年8月24日
先日長男が誕生日を迎えた。もう19歳になった。思えば19年は短くとも長かった。僕が彼と親子という関係で出会い本当に良かったと思い、改めて生まれてきてくれたこと、育ってきてくれたことに感謝したい。僕自身は病院の息子として生まれて育ち、周りの期待を裏切らないように頑張り、医師になった。そして現在がある。それを当たり前のように、彼にも生まれたときから同じ期待をしてきたのだった。しかしある頃からいわゆる勉強をあまりしなくなった彼を残念に思いながらも、医師の道には進まないことを少しずつ受け入れてきた。自分の好きなこと、得意なことを思いっきりやって欲しいと願うようになれた。これからも心から応援したい。彼の優しさ、明るさ、周りへの気遣いの上手さ、手の器用さが彼にはある。成長するに従い変わってきた距離感と、長男への思いを再確認した誕生日だった。
生きているうちに
2025年8月9日
今まで沢山の医師たちに多くのことを教わってきて、今の医師としての僕がいる。その中でも若い頃に沢山指導してもらった先生が亡くなった。患者さんの診方、カルテの書き方、職員への声のかけ方など教わったことに枚挙にいとまがない。しかし若い僕が反発を感じたことも少なくはなかった。今となっては恥ずかしいが、自分の方ができると思ったこともあった。尊敬してたのに、上手く感謝を伝えられなかった。もっと教わることもあったに違いない。もっと素直に話を聞けばよかった。生きているうちだからこそが足りなかったことを悔やむ。だから先生から教わったこと、先生だったらどうするだろうことを考えて自分の中に生き続けさせていきたい。感謝を込めて医師としての人生を生きていきたい。
自分で褒める
2025年7月30日
他者からの評価がないと生きられないのは辛いものである。そんな人はだいたい自分の話をしたいために、他人の話を聞いている。SNSにアップして、いいねをもらうために、食事を食べたりイベントに参加、旅行もする。愛してると言われるために、あなたを愛してると繰り返す。承認欲求が強いと言うべきだろうか?他人からの愛、評価、承認を求めて満たされて、渇望して、何とか満たされて、を死ぬまで繰り返す。誰しも子供時代には褒められるために、怒られないために自分の行動を選択していただろう。子供時代に親子関係で失敗したからだろうか?大人になろうが、親が死のうがその欲求だけ残る。また他人に求めてそれが得られないという欲求不満により、不機嫌や攻撃、他人の操作まで行う。そしてそのような反応をとってしまうことが何よりもつらい。承認欲求が強いことが生きづらさを抱えることに気づけば、解決する道も得られよう。自分自身を認めて、自分を褒める。誰にも褒めてもらわなくていいのである。今日もよく頑張った。あなたはあなたでいれば、それこそが素晴らしい。
頑張るだけでは
2025年7月19日
今までいろいろ頑張ってきた。勉強では学校で一番にもなったことがあるし、部活ではレギュラーになるために汗をかき続けた。今は患者さんを良くしたいと思ってたくさん調べたり、苦手な専門の先生にも頭を下げてたくさん教わった。皆が働き甲斐がある病院であるためにもいろいろ頑張った。子供のためにもたくさん遠出したり、遊んだり、勉強も教えてきた。頑張って料理もだんだんと上手くなったと思う。マラソンだってたくさん走ってきた。僕はつくづく頑張り屋だと自分でも思う。だけど頑張らないことが不安だったし、頑張れない自分も好きではなかった。しかし頑張ってきた反面、失敗して落ち込んだことも多くあった。段々と歳を重ねて、失敗も重ねてくると頑張ることで、心身を傷めたり、頑張ることだけでは上手くいかないことも多いのにやっと気づくようになった。そう頑張り方が大事なことに。また誰だって頑張って生きていることも分かった。だからこそ、これからは頑張り屋として、頑張る方向を見据えて、頑張り過ぎないで生きていこうと思う。
チームプレー
2025年7月8日
小中高で柔道や剣道をやっていた僕は、大学に入ってアメフト部に入った。医学部での6年間、両親を始め周りの人達には申し訳ないが、時間やエネルギーをほぼほぼ部活に費やしていたことを今も誇りに思っている。部活の同級生や先輩、後輩達は卒業後25年経った今でも、色褪せない仲間たちだ。何故そこまで思えるのだろうか、とふと考えてみた。アメフトという競技そのものが大変魅力的である。プレーヤー1人1人の分業がはっきりしているスポーツであるが、その連係こそが醍醐味なのである。そして僕自身は学生時代には意識しなかった魅力を、アメフトをやらなくなった25年かけて熟成させてきたように思う。1人1人の能力や成長を引き出す周りの仲間たち、それが合わさる成果や喜びが確かにそこにはあった。いいチームプレーが皆を輝かせる。そう疑わないのは、今の仕事にチームプレーを求めてきたことに他ならないのであろうと思う。