院長ブログ

寂しさとともに

2023年11月9日

 一人でいようが、みんなといようが、誰といようが寂しさを感じたことがある。また陽が短くなり、寒くなるこの季節は寂しさを感じやすくなる。寂しさを感じるのは誰にでもあることで、我々の本能であると考えている。だからそれと向き合うことは大切な構えである。寂しさは、群れを成さねば生き残れなかった人類が、長きの生存競争に生き残るために、また幼き頃母親から庇護を得るために、繁殖行動のために感じる脳内の反応の一つである。食欲や性欲と言った原始生物も持つものよりは少しだけ高次脳機能かもしれないが、人間誰もが感じるものである。だとすればそれと向き合い、対応することが僕たちのできることであろう。寂しさから怒りで他人を攻撃したり、寂しさに付け込んだ詐欺やカルト宗教が後を絶たないことからも、寂しさとの付き合い方を上手くできる人こそが、自分を幸せへと導けることも間違いない。つまり寂しさを感じなくなることは不可避であるが、寂しさを自分を知る一歩と考えられるようにすることは可能である。例えばこの時期が寂しいのは、寒さに慣れていない体を温めようとするためであるし、また自分の子供や配偶者が思い通りにならないと寂しさを感じるのは、自分とは違う別人格であると再認識するためである。その寂しさには必ず意味があるのである。


自分次第

2023年11月8日

 自分を知れば、相手も知れる。自分を受け入れられれば、相手も受け入れられる。自分を愛せれば、相手も愛せる。自分が元気ならば、相手に元気を与えられる。自分が幸せになれれば、相手も幸せになれる。子供だって、配偶者だって、同僚だって、全ての相手は自分次第。だから相手の顔色ばかり窺わなくてもいい。まずは自分の心を窺えばいい。


理想の人

2023年11月1日

 理想のお嫁さん、理想の亭主、理想の上司だとか誰でもいい。むしろ理想の人なんていないと思う方が楽になれる。男女が出会い、理想の人だと恋に堕ちても、その人に見えている部分は全部ではないし、必ず相手は自分の思った通りの人ではない。何年か先には愚痴を言っていることも多いし、大恋愛ほど傷つけ合って別れたりするものだ。もちろん恋愛だけではない。理想の体型だと憧れていても、あくまで見えている部分だけで、内臓に疾患を抱えていたり、心に問題を抱えているかもしれない。だから理想の人なんてつまらないと思う。いろんな問題や短所を抱えているから、人は魅力的なのだ。そして理想を追うことは苦しみに繋がることもある。理想は自分らしく生きてこそ、後から付いてくるものである。


人を知る

2023年10月27日

 「私の何を知ってるの!」って良く聞くけど、全て知ることはあり得ないし、「君の全てを知りたい」ってのも望まない方が良い。あくまで他人を知ると言えるのは、その相手の過去や今日の予定、趣味嗜好を知っておきたいということではないと考える。その人のありのままを受け入れて、その人の立場になり、その人自身の視点で見て考えられるようになって、初めて言えるのだ。とても簡単ではない。何故ならば自分自身を知っていくことが、人生の一番の仕事であるからだ。自分が分かったうえで、相手の気持ちに入り、一緒に考え行動できれば相手を知りうるのかもしれない。相手の感情や思考を抑圧して支配すれば、その人を分かって知った気になることとは違うということを、多くの人は意外と知らない。


愛を求めない

2023年10月21日

 深浅あるかもしれないが、愛のない人はいない。しかし愛情表現がみんな違うことにはなかなか気付けない。だから受け取る側によって、愛を感じられないことはよくあることだ。僕たちが生まれて初めて受け取る親の愛情表現も、もちろんそうだ。幼き頃に欲していた愛を上手く受け取れずに、そのまま運悪く大人になった人は、引き続き愛情飢餓感で苦しむことになる。何故なら、親からだけではなく、全ての人からの愛を求めてしまうからだ。そしてその愛情飢餓感を満たすために欲しがる愛は、簡単には満たされない。それが我々を苦しめることになる。刹那の飢餓感を満たすために、様々な中毒や不幸な恋愛、犯罪にまで手を出してしまうことまである。そこまでとは行かなくても、パートナーや子どもに支配的になったり、ちょっとしたことで不安やイライラを感じやすくなるのだ。だからといって愛情飢餓感を満たしてくれるからと相手を選んで結婚するのも、不幸に繋がりやすい。それは一時的に満たされても時間が経つとすぐに飢餓状態となり、永遠に求め続ける依存状態となりやすいからだ。愛情飢餓感ほど厄介なものはないと言える。しかし幸せになるためには、これを何とかしなくてはならない。自分が他人の顔色ばかり気になったり、些細なことでキレやすかったりするならば、愛に飢えているとまずは認めてみよう。次にたまたま愛情を受け取り損ねただけだと認識してみよう。更に思い切り思考も変えてみる。それは「愛を求めない」と強く誓うのだ。何度も繰り返してみよう。そうしていくうちに愛は求めなければ近くにあることに気付ける。自分で自分を愛せることもいずれ分かる。愛は求めるものではなく、与えるものである。また与えても見返りを求めた時点で、愛ではないと言えよう。



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