
優越感も劣等感もあくまで誰かと比べて感じるもので、どちらも人生に於いては感じない方がいい。つまり誰とも比べてはいけない。劣等感を持っている人は他人を悪く言ったり、ちょっと他人よりスタイルがいいとかお金を持っているとか認識して優越感を感じて自分の劣等感を隠す。一時的な効果しかない。比べることによって生まれた自信はすぐ失う。自分自身を高めなければ自信は持てない。自分の意欲や情熱を高めるためなら他人との競争もたまにはいい。


優越感も劣等感もあくまで誰かと比べて感じるもので、どちらも人生に於いては感じない方がいい。つまり誰とも比べてはいけない。劣等感を持っている人は他人を悪く言ったり、ちょっと他人よりスタイルがいいとかお金を持っているとか認識して優越感を感じて自分の劣等感を隠す。一時的な効果しかない。比べることによって生まれた自信はすぐ失う。自分自身を高めなければ自信は持てない。自分の意欲や情熱を高めるためなら他人との競争もたまにはいい。

僕たちの人生は教室みたいなもので、出会う全ての人たちは先生だって考える。先生がいっぱいいていろんなことを教えてくれる。親や兄弟、配偶者や子はもちろん。近所の方、いつも行くお店の人や旅先で出会った人にだって教わることは多い。亡くなった大切な人、別れた恋人や友人にも多くのことを教わった。自分を褒めてくれた人、勇気づけられた人、またいじめられた人や傷つけられた人だって先生だって思うようにする。いいことだって悪いことだって授業だ。教わったと思えば先生に感謝ができる。人生に感謝ができる。

コミュニケーション能力は人に備わる一番大切な能力のうちの一つ。自分の気持ちを上手く伝えないと結局自分が苦しむ。病気にもなることがある。内容よりも伝えるタイミング、方法、相手を間違え易い。またこちらが受ける能力も大切。言葉にできないコミュニケーションは五感を使う。また第六感もたまには必要。

不安や心配があると何をしてても疲れる。寝ていても疲れが取れない。不安や心配は人のエネルギーを奪う。不安や心配が多い人はいつも疲れた顔をしている。そして周りの人を悪く言ってその場の気持ちを流そうとする。でも周りの人を悪く言って結びついた絆は直ぐに綻びてしまう。だから不安や心配を抱え易い人は、自分も疲れてなお見せかけだけの人間関係しか残らない。自分が不安や心配を抱えたら素直に「助けて」を言おう。周りのほとんどは敵ではない。

「自分が他人からしてもらいたいことを他人にしてあげなさい」とイエスさまは教えてくれた。これを黄金律という。だが、してもらいたいことは人によって違うかも知れない。また「自分がされて嫌なことは他人にするな」という教えもある。こちらの方が分かりやすい。白銀律というそうだ。このような教えはキリスト教だけではなく他の宗教でも謳われている。しかし僕はより積極的に他人を愛することを信条とする黄金律を大切にして生きていきたいと思う。